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浄土真宗本願寺派 慈雲山光宗寺   
     アルバム  2017年


★2017年
12月2・3日 報恩講

 2日間3座にわたって報恩講がつとめられ、延べ約140名の方がお参りくださいました。
 ご講師は当初の予定が変更となり、1日目は結城道哉師(東海教区)、2日目は藤野和成師(東海教区)をお迎えしてお取次ぎをいただきました。
 また、お座の最後には、若坊守のキーボード演奏により、みんなで「恩徳讃」を歌いました。
 ご多用の中、みなさまようこそお参りくださいました。また、急な依頼にもかかわらず、快くご講師をお受けくださいました先生方にも、厚く御礼申し上げます。

 報恩講に際し、お仏器のお磨きや境内清掃、立華、雅楽など、多くの方々のご協力をいただきました。みなさまのおかげにより、報恩講が無事つとめられましたことを心より感謝申し上げます。誠に有難うございました。



★2017年
10月14日 若院・若坊守結婚祝賀会

 午前11時より、本堂において若院・若坊守の結婚祝賀会が行われ、約120名の方がお集まりくださいました。
 9月28日に行われた結婚式の模様が上映されたほか、浅野一子さんの踊り、大塚真樹子さん・信之さんの歌とギターが披露されました。
 若院・若坊守へのインタビューも行われ、ご門徒さん方と楽しく交流を深めました。

 ご多用の中お越しくださいましたみなさま、ご協力くださいましたみなさま、誠に有難うございました。


          


★2017年
10月7日 佛教婦人会研修会

 午後1時より、本堂において佛教婦人会研修会が行われ、約40名の方が参加されました。
 始めにみんなで『正信偈』をおつとめし、佛婦会長酒向玲子さんの挨拶の後、若院が「お荘厳とみ教え」について、質疑応答を交えてお話ししました。お荘厳や法具にはそれぞれ意味があること、お荘厳はただのお飾りではなく伝道であることなどを聴かせていただきました。
 ご多用の中ご参加くださいましたみなさま、誠に有難うございました。 




★2017年
9月28日 若院・若坊守 佛前結婚式

 光宗寺若院(尚人)・若坊守(真弥(まひろ))の佛前結婚式が、顕証寺大御前様(前住職様)近松照俊様を司婚者とし、覺願寺住職小川昭憲様ご夫妻を媒酌人として、光宗寺本堂にて行われました。
 式に先立って、午前10時より庭儀が行われました。前日からの雨も上がり、沿道で大勢の方々が見守る中、松井屋酒造場様から光宗寺までの道のりを、石原総代長を先頭に、雅楽の演奏とともに進みました。
 式は『重誓偈』のおつとめの後、司婚の言葉、誓いの言葉、念珠授与、新郎新婦焼香、媒酌人焼香と進み、式盃(全員での乾杯)では、外で見守る方々にも盃とお酒が配られました。その後、司婚者からお祝いの言葉(ご法話)をいただき、閉式となりました。

 会奉行を務めて下さいました善教寺住職所浄伸様を始め、ご多用の中ご協力くださいました皆様、ご参列下さいました皆様、誠に有難うございました。また、式の前日にも、境内の清掃やお華立てなどの準備に、多くの皆様のご協力をいただきました。誠に有難うございました。
 なお、光宗寺ご門徒さんへの御披露は、10月14日(土)に本堂および門徒会館にて行わせていただきます。




     



★2017年
9月16日 敬老のお祝い

 午後2時より、本堂において「敬老のお祝い」が行われました。最初にみんなで『正信偈』をおつとめし、住職のご法話をいただきました。その後、町内のコーラスグループ「コールとみか」をお迎えし、美しい歌声とともに、紙芝居や踊りなど趣向をこらした楽しいステージを披露していただきました。
その後は門徒会館で早めの夕食をいただき、恒例のビンゴゲームで盛り上がりました。

ご参加くださいましたみなさま、どうも有難うございました。来年も多くの方々のご参加をお待ちいたしております。企画・運営にご協力くださいました門徒推進員会、佛婦役員、門徒総代のみなさん、誠に有難うございました。




★2017年
8月10日 盆おどり大会

午後7時より、境内駐車場において盆おどり大会が行われました。生演奏のお囃子に、門徒有志の方々によるポップコーン、綿菓子、かき氷のサービスやお子さん向けのゲームも行われました。9時過ぎには恒例の花火にてお開きとなりました。

今年も多くのみなさんのご協力のおかげで、盛況のうちに終えることができました。誠に有難うございました。


★2017年
7月29〜31日 福島復興支援の旅

 東日本大震災(2011.3.11)から6年と5カ月あまりが経ちました。震災当時は、テレビでも新聞でも毎日のように報道されていた被災地の現状も、6年が経ち、ほとんど報道がされなくなってしまいました。そんな中、「東北は、この6年間の中でどのような復興を遂げたのか」「被災地の人々の生活はどうなっているのか」「地震と津波、原発事故の被害を受けた福島の現状」などを、自分自身の目で見、心で感じ、頭で考えたいと思い、この旅に参加をしました。

 1日目は、東海環状道、新東名、首都高速、常磐道を通って、常磐富岡インターで高速道路を降りて国道6号線に入り、福島第一原発の事故により放射能汚染被害を受けた地区をバスの車窓から見学しました。放射能汚染により、帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域となっている、双葉町や大熊町、富岡町、浪江町などの町並みや田畑などの様子が窓の外に広がっていました。そこには、被災をした当時のままで残っている住居や店舗(屋根や窓、ドアなどが破損したまま)、伸び放題になっている草木、除染された田畑には高く積まれた黒い袋に包まれた汚染土の山、少しずつ生活が始まった地域には、そこに帰還した人たちの姿や車、復興作業に取り組んでいる作業員の方たちの姿、新しく営業を始めた店舗などがありました。帰還困難区域では、そこに住む人々の生活感はなく、まさに“ゴーストタウン”といった感じでした。避難指示が解除された地域でも、新たな生活をスタートさせたいと考えて戻ってくる人々は、10%程度(地区によって差がある)だそうです。(帰りたいと思っても、将来を考えると不安があってなかなか帰れないそうです。)また除染土を取り除いた田畑には、すごくたくさんの太陽光パネルがいたるところに設置され、もとの田畑で作物を作れる状態でないことがうかがわれました。次に向かったのは、「南相馬復興のシンボルの奇跡の一本松」のある右田海岸です。陸前高田の奇跡の一本松がよく知られていますが、ここ南相馬にもあの津波で生き残った奇跡の一本松が存在します。2年前と比べると、緑の葉が少なくなり一部が枯れてしまっていて、残念ですが今年の10月には伐採が計画されているそうです。しかし、その子孫となる新たな松の木が植樹され、復興のシンボルとして、これからも大切に育てられていくそうです。(一本松の向こう側には、護岸工事が進み、大きな堤防ができていました。)

 2日目は、東北6大祭りの一つである「相馬野馬追」の観覧でした。早朝に激しい雨が降り、傘やカッパの準備が大変でしたが、現地に着いたときには雨もやみ、晴天の中で行われました。甲冑に身をかためた500騎を超える多くの騎馬武者が、腰に太刀、背に先祖伝来の旗指し物をつけて、祭場地を入場し、その後、式典が行われました。そして次は、甲冑競馬。兜を脱いだ若武者たち(女性も交じっていました)が、白鉢巻きを締め、先祖伝来の旗指し物を腰にさして、1周が千メートルの馬場を疾走します。目の前をすごいスピードで駆け抜けていく騎馬、激しく鞭を打って馬を走らせる若武者、人馬一体となって風を切ってゴールを目指して疾走する姿はとても勇壮でした。そして午後からは、数百の騎馬武者が御神旗を奪い合う神旗争奪戦。祭場地を埋め尽くした500騎の騎馬武者が、空中に炸裂した花火の中から放たれた2本の御神旗を奪い合います。御神旗をとった騎馬武者は、多くの観衆の中、正面の本陣山の中央の坂を、大きな声をかけながら、旗を高く掲げて一気に駆け上がりました。堂々とした勝利の叫び声をあげて駆け上がる騎馬武者の姿は、とても勇壮でした。蒸し暑い炎天下での観覧でしたが、1000年を超える歴史を持つ「相馬野馬追」。東日本大震災があった中で、東北福島に元気を与える素晴らしい祭でした。

 3日目は、相馬市鹿島区・勝縁寺での7回忌の追悼法要です。東日本大震災で地震、津波、放射能汚染の被害を受け、その後の風評被害に遭い、多くの犠牲を払ってきた6年余り。震災で亡くなった多くの人々、その後の生活復興に悩み苦しんでいる人々の思いを考えながら、厳粛な中で法要が行われました。その後の法話の中では、6年経っても、自分の故郷に帰りたくても帰ることができない人たち、避難指示が解除されても帰ることができない人たち、風評被害に苦しむ人たち…、そんな人たちがまだまだたくさんいるということを知り、福島はまだまだ復興の途上なのだということを痛感しました。

 バスに乗車している時間がとても長く、最終日の帰宅時間がかなり遅くなってしまいましたが、2泊4日?の復興支援の旅を通して、元気な福島を知ることができたのと同時に、まだまだ復興の道のりは長く、多くの時間がかかるということを実感しました。

         山田 和久



★2017年
7月8・9日 夏季永代経法要

2日間にわたり、本堂にて夏季永代経法要がつとめられ、延べ約120名の方がお参りされました。
最初に全員で『仏説阿弥陀経』『正信念仏偈』をおつとめしました。その後、山田教尚師(東海教区)をお迎えし、ご法話をいただきました。

お暑い中、みなさまようこそお参りくださいました。
ご協力くださいましたみなさま、誠に有難うございました。


★2017年
5月20日 初参式・親鸞聖人降誕会

午前、本堂にて初参式が行われ、鵜飼晃成(こうせい)くんがご家族とともに受式されました。みんなで『らいはいのうた』(十二礼の意訳)をおつとめし、初参式にあたってのご門主さまの御消息が読み上げられ、若院のご法話をいただきました。お寺との初めてのご縁を結ばれたお子さんには、門徒式章とお念珠が贈られました。
お昼は門徒会館にて、佛婦役員・門徒推進員による手作りのお赤飯とおかずをみんなでいただきました。
午後は本堂で宗祖親鸞聖人のご誕生を祝う降誕会が行われ、みんなで『正信偈』をおつとめし、若院のご法話をいただきました。

初参式を受式された鵜飼晃成くん、ご家族のみなさま、おめでとうございます。これからも、どうぞお気軽にお寺へいらしてくださいね。
みなさまようこそお参りくださいました。


★2017年
5月6・7日 春季永代経法要

2日間にわたって、本堂にて春季永代経法要が営まれ、延べ約130名の方がお参りくださいました。午前は浄土三部経のおつとめの後、門徒会館にてお斎をいただきました。午後は『正信偈』をみんなでおつとめした後、野村法宏師(岐阜教区)のご法話をいただきました。
法要前日には、有志の方々が境内を清掃してくださいました。また法要当日には、受付、お斎作り、お接待などに多くの方々のご協力をいただきました。
お参りくださいましたみなさま、ご協力くださいましたみなさま、まことに有難うございました。


★2017年
4月30日 伝灯奉告法要団体参拝

  本山西本願寺では、去る平成26年6月、第24代即如ご門主様から、第25代専如ご門主様に法統が継承されました。
 この度、その伝灯奉告法要が“うけつぐ伝灯 伝えるよろこび”をスローガンとして80日間にわたってお勤めされ、新緑の美しい4月30日、光宗寺参拝団の一員としてお参りするご縁に恵まれました。
 当日の法要は、ご門主様、前門様が、雅楽の演奏のなか阿弥陀堂と御影堂とをご転座になられ、両堂に集う一同がご一緒のお勤めが出来ました。全国からの大勢の参拝者による正信偈、お念仏の声明と雅楽の音が、荘厳に両堂のうちに響きわたりました。
 雅楽の演奏には、光宗寺の若院様も出勤しておられました。
 法要に続く “伝灯のつどい”では、保育園の園児によって大谷宗家の皆様に花束の贈呈があり、その後、ご門主様、お裏方様、敬様にインタビューが行われました。5歳になられる敬様も、手話をまじえて、ご立派にお答えになりました。
 法要に先立って、龍谷ミュージアムの見学があり、その特別展では浄土真宗と本願寺の国宝、名宝の数々を拝観する事が出来ました。
 思えば、数十年も前になる前門様のときの伝灯奉告法要をはじめ、親鸞聖人750回大遠忌法要、何度もの念仏奉仕など、度々ご本山に参拝するご縁に恵まれました。今回は少し心配でしたが、「大丈夫、大丈夫」とご住職様に背を押していただき、おかげ様でお参りさせていただく事が出来ました。
 今年は、私事ですが、亡母の50年の忌にあたります。私にとっては、この特別な年に本山本願寺での尊いご縁に会えた事は、一層感慨深く、とても有り難い事でした。
                       佐曽利 美知代

 


★2017年
4月8・9日 花まつり
         東北・熊本 写真展

2日間にわたり、本堂前にて花まつりが行われました。また、門徒会館において東北・熊本の写真展が行われました。被災地の状況や支援活動の様子などが、実際に現地に行ったご門徒のコメントとともに展示されました。
来場者には、佛婦役員や門徒推進員による抹茶とお菓子の接待も行われました。
お越しくださいましたみなさま、ご協力くださいましたみなさま、誠に有難うございました。

「門徒会館で作品展を開いてみたい」と思われる方を募集いたしております。自薦他薦を問いません。ぜひお寺までご連絡ください。お待ちしています。


★2017年3月12日〜16日 サイパン・グアム研修の旅

 サイパン・グアム研修の旅に参加して一言

一昨年のブータン・タイに続いて、今回のサイパン・グアムの研修は、自分も先祖が大宮島(現在のグアム島)で24歳の若さで戦死したこともあり、家内ともども進んで戦没者追悼法要が出来ましたことが、何よりの報謝と存じ、また、現地で確かめ心に刻めた事が何よりの喜びでもありました。

 サイパン島には、日本人にとって案外知られて無いことも多くあり、少し研修報告申し上げましょう!
 サイパン・グアム島は島全体が石灰岩から出来ていて、住居の資材は一切(セメント、砂、木材等)輸入品であり、住居は台風等にも耐えられるよう鉄筋コンクリートが多く見られました。また、ホテル、店舗等には一部石灰岩をうまく加工、細工し外壁、内装等に利用しており、自分たちの宿泊したサイパンのホテルにも見事にフロント、通路にも装飾されていました。

 サイパン島には太平洋戦争以前から日本人(特に沖縄方面からの移住)が多く、現地の戦死者名にも残されていました。そうしたことから、本願寺寺院跡(石碑)と多宝山南洋寺碑も残されていました。
 日本人にとって忘れてならないのが広島・長崎の原爆投下、あのB−29による日本各地の焼夷弾爆撃です。B−29爆撃機の飛行可能時間(約8時間)からして、アメリカ本土からは無理な事からサイパン島に白羽の矢が立てられました。多くの日本人の住む島は火炎放射器等により責められ、日本に向かって一番近い岸壁(サバネタ岬、バンザイクリフ)に立ち、万歳を唱え、70〜80メートルも有る岸壁から子どもを先に突き落とし親は後から身を投じたところ、何と多くの人で海が一杯になり死ねなくて、近くの山へ逃げるも途中で射撃され亡くなる方もあったという、忘れることの出来ない歴史の島でもある。その後サイパン島のすぐ隣の島(テニアン島)にB−29の滑走路を造り、広島等に飛来したのである。その後サイパン・グアム島では戦闘の残骸を隠すためアメリカによりヘリコプターからタガンタガンの木(ねむの木によく似た植物)の種が蒔かれ、現在は島全体に茂っていました。

 バンザイクリフ岸壁と山の間に日本国の南太平洋戦死者の慰霊碑があり、今回の旅の目的でもある追悼法要を実施しました。
 ところが、何と何と… 高田篤敬師(本巣市・蓮教寺住職)と光宗寺住職と共に参加者全員で『讃仏偈』を唱え始めると同時にスコールが降りそそぎ、読経の後の高田師の法話が終わると同時に雨も止みました。これぞまさに約2万5千人の戦没者のうれし涙かとも思われた次第でした。南無阿弥陀仏

 グアムも昭和47年1月24日に横井庄一さんが発見されて以来一躍有名な島となり、多国籍の観光客でにぎわいを見せています。町も景色も綺麗で、ハワイと変わらない程の良いところでもありました。

佐曽利 亜興




★2017年3月4日 佛教婦人会総会
         5日 正信会

両日とも、午前は正信偈のおつとめの後総会が行われ、会計報告や行事予定の説明などが行われました。なお、4日には総会に先立って献灯献華献香が行われました。初の試みでしたが、来年以降も続けたいと思います。

お昼は当番の方々手作りのお斎をいただきました。
午後は阿弥陀経のおつとめの後、真野秀慈師(熊本)をお迎えし、ご法話をいただきました。ギター演奏と歌を交えて、温かいお取次ぎをいただきました。

2日間で延べ約130名の方がご出席くださいました。
ご多用の中、みなさまようこそお参りくださいました。
お斎当番をつとめてくださった上羽生地区のみなさま、誠に有難うございました。


         
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